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創作「新・釣りキチ三平」

週末部屋の整理していたら、ベット下のダンボール箱から、釣師の聖典「釣りキチ三平」全巻が出てきた。おぉ懐かしい。最近、新が出ているが、それが連載されるとなった当時に、旧釣技旅団突撃隊の掲示板に書き込まれた、勝手に創作[新・釣りキチ三平」だよ。結構面白いよ。
ちなみに昔はカーキチとか釣りキチとか言われていたが、キチてあれのことだから今の時代は使いづらいんだろな。

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釣りきち三平 投稿者:えべけ  投稿日: 9月 3日(月)08時11分36秒

懐かしい物がコンビニで売ってました。
新連載するそうでビックリしました。
ガンバレ!!!

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三平復活について思ふこと 投稿者:吉皮風呂太  投稿日: 9月 3日(月)14時41分07秒

再開されるというのは驚きですね。

三平は大人になっているのでしょうか? 魚紳さんはまだ弁護士を休業して全国釣り行脚を続行しているのでしょうか? それとも愛子姉ちゃんと幸せな夫婦生活をしているのでしょうか? 

三平の記憶喪失のお父さん(三平平)はブラジルから帰ってきて三平と一緒に暮らしているのでしょうか? 記憶喪失中に名乗っていた高山安蔵と言う名前は改名したのでしょうか? 戸籍上はどうなっているのでしょうか? 

気になることばっかりです。

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私の考えたストーリー 投稿者:吉皮風呂太  投稿日: 9月 3日(月)14時58分07秒

記憶喪失中に高山安蔵と名乗っていた三平平は、アマゾン釣り旅行から戻り、弁護士の鮎川魚紳に戸籍を三平平に戻してもらう手続きを委任し、長男の三平を扶養家族として迎え入れた。 

鮎川魚紳と愛子夫人は三平一平(じっちゃん)の死んだ翌年に結婚し、男の子が生まれ、東北の田舎で弁護士事務所を開業しながら平和に暮らしていた。 

そして12年が経過。 三平は24歳になり、父と一緒に竿職人と釣具店経営を切り盛りするかたわら、毎日あちこちに釣りに出かけていた。 

ある日、魚紳さんが三平の店に子供を連れてきて、「三平くん、俺の子と勝負しないか」と言う。 実は魚紳さんの子供は、魚紳や三平をはるかにしのぐ超天才釣り少年だったのだ。

(つづく)

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私の考えたストーリー↓ 投稿者:釣師郎  投稿日: 9月 3日(月)15時06分13秒

面白い!!
で、それから、それから?

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創作第2話 投稿者:吉川風呂太  投稿日: 9月 3日(月)22時07分00秒

「勝負だなんて、魚紳さんらしくねえっこと言うだなやあ。まして、まだ子供でねえけえ」 三平は魚紳の申し出を軽い冗談だと思って適当にあしらおうとした。 

しかし魚紳は「なんだ三平くん、逃げるのか」と本気である。 かくして三平と魚紳の12歳の子供との釣り勝負が始まった。

勝負の内容はヘラと鮎とテンカラの3本勝負である。 いずれも三平が最も得意とするジャンルだ。 しかも三平は天才釣り少年として育ち、青年になってさらに技術に磨きがかかっている、今や世界的にも有名な釣り名人だ。 12歳の子供に負けるわけがない。

しかし、結果は想像を絶するものだった。 ヘラも鮎もテンカラも、三平は12歳の子供に惨敗したのだ!

三平は愕然とした。 魚紳の子供の天才的な技術もさることながら、その野性的な勘、軽快な身のこなし、そしてなによりも驚嘆したのは、その奇想天外な発想であった。 魚紳の子供はとんでもなく独創的な技をその場でいくつも編み出し、誰も釣れないようなグッドコンディションの魚を魔法のように次々と釣っていったのだ。 

その姿は、客観的にみて、まさしく少年時代の三平そのものだった。 そしてそれは、ベテラン青年になった三平が近年失いかけていたものにほかならなかった。

三平は愕然とした。 歳をとって、釣りが上手くなるにつれて、いつしか技術や知識に依存しすぎていたのだ。 柔軟で自由な発想が失われていたのだ。 それを悟った三平は魚紳に言った。

「まいったなや魚紳さん。魚紳さんはオラにこれを伝えたかったんだなやあ。オラすっかり目が醒めただ!」

そして一ヵ月後、三平は父の経営する釣具屋を辞め、所有する釣り道具を一切捨てて、手ぶらで世界一周釣り行脚に出かけることを決心する。 はからずも、魚紳が歩んでいった道を三平も辿っていくことになったのだ。 ここから三平の第3の釣り人生がスタートする。 

(完)

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創作の続き? 投稿者:釣師郎  投稿日: 9月 4日(火)12時22分09秒

(完)て!?
ユリっぺは、どうなったのよ?

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ユリッペは 投稿者:吉皮風呂太  投稿日: 9月 4日(火)13時54分25秒

ユリッペこと高山優梨子は、すっかり女っぽく成長し、東京のミッション系大学を卒業した後、通訳関係の会社に就職していた。三平とは18歳の上京以来会っていない。

25歳のとき、仕事の都合でフランスへ出張に行ったユリッペは、セーヌ川のほとりで奇妙な男をみかける。 その男は、竿を持たずに、手釣りでとてつもなく大きなナマズと格闘している最中だった。 釣りに詳しいユリッペは、その糸さばきや奇想天外な釣法を見て、その男がただの釣り師ではないことに気付き、近寄って話し掛けてみた。 

するとなんと、その男は、三平三平だったのだ! 7年ぶりの再会。 

三平は世界一周釣り行脚の最中だった。 (つづく)


続きはそのうちヒマな時に書きます。 ちょっと多忙なので、あまり期待しないでください 。(笑)


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choshiro

Author:choshiro
釣師朗 (ちょうしろう)
マス類の70オーバー(管釣は除く)はないけれど、60オーバーは数本揚げている程度の自称”大物レイトロ師” 写真の獲物は琵琶湖のビワマス。しかしその実態は小物得意のヒメトロ師だ。
家計の足しに東京湾にも出漁するが、アジ・サバ・キスと典型的な東京湾サンデー小物師。銀山・中禅寺は苦手。芦ノ湖、琵琶湖は好き。ルアーの宗派は天然貝教清貧派の模範的な信者。ビックミノーやバブリーな釣り道具は使わない、いや買えない。
千葉県にあっても”東京”ディズニーランドのある浦安市在住。年齢は平均寿命の半分をとっくに過ぎたねて感じ。大病もしたし後何回釣り出来るかなて思う今日この頃てか。

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