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思い出の釣り/爆弾池のザリガニ釣り

深夜芦ノ湖へ向かう車中の中、釣友Yが突然変な質問をしてきた。

「釣師郎さん、ザリガニて何が一番釣れるエサか知っていますか?」

( ザリガニ…。 )

ザリガニ、懐かしいなぁ。 釣師郎は小学生のころの楽しかったザリガニ釣りを思い出した。 もう、20年昔じゃきかないな。

釣友Yはこの前機会があってどっかでザリガニ釣りをしたらしいが、そこであるエサを使って入れ食いになったようだ。 

釣師郎にはその答えが簡単すぎるほどに判った。 何でかって? それは釣友Yみたいな東京生まれの東京育ちとは訳が違うのである。 筋金入りのイナかっぺいの小学生時代をバックボーンに持っているからなのである。

釣師郎は父親の仕事の関係で、小学校2年生から6年生まで福島県のA市に住んでいた。 東北新幹線もまだ開通なんかされていなく、駅に降り立った印象はホントに田舎ぁぁて子供ながらに感じたのを覚えている。 

転校生の紹介の後、休み時間に初めてクラスメートと話した時、釣師郎に更なるカルチャーショックな衝撃が走った。 

言葉がまともに通じないのである。 

言葉の終わりに、だっぺ、だっぺ、んだっぺ…。 しかも、フラットフィッシュのリリーングスピードにうねるようなローリングアクションが加わったようなイントネーションだった。 それに対する釣師郎は早口「じゃん」言葉の神奈川県からやって来た転校生である。

日本語は一つ、方言の存在そのものさえ知らなかった幼いころの釣師郎は、まじで日本語の通じない世界が存在することに心底驚いてしまったのである。 とは言っても1年もしない内に釣師郎もだっぺ、だっぺと言っていたけどね。

駅前にCICIが開店した時に外が見えるガラスのエレベーターが初めて設置された。 このエレベーターに乗りたい長蛇の列。 釣師郎も友達と並んだのを覚えている。ダイエーが開店した時も凄かったね。 開店セールで豆腐一丁1円てのがあって、それはそれは押すな押すなの大混雑だった。 

今にして思えば、当時の地方には刺激が無かったんだね。 今ですら小樽に米軍の空母が始めて寄港すると言うだけで、全道から見物客が「平成の黒船じゃぁ!!」て何万人とやって来るんだから。 釣師郎の上司なんて空母見たさに札幌から小樽に車で向かったのだが、あまりの大渋滞、おそらく開拓百年来の最大の渋滞に巻き込まれ途中で引き返したそうだ。

さて釣師郎の通っていた小学校は、市の中心から外れた農村と言い切っても良い地域だった。 小学校から釣師郎の自宅までの道のりはほとんど田んぼの中を通っていた。 学校が終わると釣師郎もクラスの子と虫取りしたり魚取りしたりして、泥だらけになって遊んでいた。 

そんな遊んでばっかりの中で、クラスの友達にある大きな工場の工員の子がいた。 どこに住んでいるのと聞くと、工場と答えられた時にははぁ?と聞き直したのを覚えいる。 

今でこそ少ないと思うけど、当時は工場の敷地内に工員宿舎がそれこそ長屋の如くずらずら並んでいたのである。 

長屋なんて言ったて若いヒトは判らないかもしれないな。 「幸福の黄色いハンカチ」で有名になった夕張に映画村があって、そこには撮影で使った当時の長屋がいくつか保存されている。 別に長屋見に行けとは言わないけれど、なかなかいい所なので近くを旅行した際には寄ってみることをお勧めするね。 

余談だけど、釣師郎が「忍者」でよく走りに行った万字峠の夕張側入口の近くに、カレーうどんで有名な蕎麦屋があるがここは絶対のお勧めだ。 今じゃ地元のデートコースにもなっているそうで、そう言えば最後に行った時は店中若いアベックばっかりだったのを覚えている。 

ついでにこの峠を抜けると、道路の左手に古い温泉宿が一軒ぽつんとある。 入浴だけもOKだ。 湯船にはリンゴがごろごろ浮いている時期があるが、食べても美味しくないので念のため。 入浴料も決して高くはないし、食事もできるよ。

そしてそこからすこし走ったところに、なぜか髪の毛が伸びるお菊人形で有名な寺もあるので、リンゴ風呂に入った後はその寺に行って拝んでくるのもいいだろう。 

育毛促進祈願 

脱線はいつものことだけど、話を戻すよ。

ある日釣師郎は初めてその工員の子にザリガニ釣りにおいでよと誘われた。 秘密の釣り場につれていってあげるよとのことだった。

その時の釣師郎はザリガニ釣りをやったことがない訳ではなかった。 みんながそうしているように駄菓子屋で「酢イカ」を買ってしゃぶりながら釣り場に向かう。 そして適当にふやけた酢イカをその辺で拾った棒にたこ糸で縛って、ザリガニのいそうな水溜まり放り込んでアタリを待つ方法だ。

いつもは近くの田んぼの畦とか小さな池でやっていた。 ランドセルを家に置いてからだから2時間くらいか、それでだいたい4,5匹獲っていたと思う。

工員の子が指定した場所は線路向こうにある巨大な工場の近くであった。 もちろん釣師郎はそんな遠くまでザリガニ釣りに行ったことは無かった。 指定の場所に自転車で行くと工員の子がいて、これから案内するから着いて来いとなった。

工場の周りは田んぼと空き地以外何もなかった。 自転車でしばらく走るとまた線路があった。 その線路は工場に原料を運ぶ専用の引き込み線であった。 秘密の釣り場はその線路横の草ぼうぼうの空き地に囲まれた所にあった。 直径30メートルぐらいの水溜まりだったと思う。

( こんな変な所に池があったなんて…。 学校のやつらはほとんど知らないだろう。 )

当時の小学生の性格なのか、それとも福島県人の県民性なのか、やたら「秘密の釣り場」てのがあったと思う。 逆にちょっとした水溜まりにも魚やザリガニがたくさんいるだけ当時は自然が豊富だったのであろうか。

茶色に錆た引き込み線から雑草を踏み分けその池に釣師郎たちは降りていった。 池には知らない小学生がすでにザリガニ釣りを始めていた。

工員の子が釣師郎に話し掛けた。

「この池何て言うか知ってぺか?」

「知らねぇぺよ。」

「爆弾池」

当時の釣師郎は「ゼロの白鷹」や「紫電改のタカ」に夢中になっていた小学生だったので、この「爆弾池」の響きには何とも言えぬ不思議な魅力を感じてしまった。

彼に言わせると、この池は太平洋戦争中にこの工場をB29が空襲した際に爆弾が外れてできた跡に水が溜まってできた池だそうだ。 今にして思えばホンマかいなぁ?の話であるが、純真な小学生釣師郎は何の疑いなく信じてしまった。

頭の中では、サーチライトに照らされ爆弾を降り注ぐB29の大軍に紫電改や月光が襲い掛かるプラモデルの箱のイラストを勝手に想像したもんである。

工員の子や先に来ている子供たちは、みんなブリキのバケツを持っていた。 工員の子は言った。

「始めっぺ。」

餌は当然酢イカだった。 タコ糸に縛ってザリガニのいそうなポイントに放り込んだ。 後はザリガニ乗っかってくるのを待つだけだ。

しばらくする釣師郎の酢イカにザリガニが乗っかったようだった。 竿と言っても拾った棒をそおっと聞いてみると、たしかに酢イカに抱き着いているのが手応えで判った。 釣師郎、先ずは1匹だ。

釣師郎は釣ったザリガニを工員の子が持って来たバケツに入れて、また酢イカを池に放り込もうとした。 すると工員の子がこう言った。

「何すんだぁ? 2匹目は違うっぺ!?」

釣師郎は何を言っているのかさっぱり判らなかった。 工員の子は釣師郎が釣ったザリガニをバケツから取り出し、ぱっと尾っぽをもぎ取り殻をびりびり剥き始めたのである。

目がテンの釣師郎。 

工員の子は、剥き身になった活きのいいザリガニの尾っぽを、酢イカに代えてタコ糸に縛ってくれた。 そして奇跡が始った。

釣れる。 釣れる。 釣れるなんてもんじゃなかった。 池中のザリガニがこの剥き身の臭いに吸い寄せられるように釣れだしたのである。 

釣師郎の釣り人生において「束」で釣ったのは後にも先にもこれが初めてであった。 もしかしたら、ワカサギより釣ったんではないか…。 

ザリガニは仲間の肉の味がたいそうお好きのようである。 以前にも書いたけど支笏湖のマグロの頭投棄事件も、実はこれぐらいの集魚効果があるのだろうか? 

10匹もザリガニを釣るとぷりぷりの剥き身がダレてくるが、こうなると釣果が目に見えて落ちてくる。 エキスが抜けるからなのであろう。 でも心配無用だ。 新鮮なザリガニはバケツの中にいくらでもいるからなのである。

このエキスを何かしらの方法でクランクベイトやラバースカウトに付けられたら、牛久沼のようなザリガニを食っているバスなんで、親指の指紋が無くなるぐらい釣れるんじゃないかね。 誰か試してみたら、結果を教えてくれ。 

バラムツのジギングでは、フックにサンマやイカの切り身付けて、「ジギング」なんてのたまっているらしいから、クランクベイトのフックに集魚効果の高いザリガニの剥き身つけてもルアーフィッシングて言えたりして!?

そうこうして夕方近くになったら、釣師郎と工員の子は100匹以上は祐にザリガニを釣ったと思う。 思えば工員の子はずうっと真剣に釣っていた。 釣師郎たちは充分ザリガニ釣りを楽しんだし、早く帰らないとかあちゃんに叱られると思い、2人で帰り支度を始めた。

釣師郎は釣ったザリガニの入ったバケツを手に取って、池にザリガニを逃がそうとバケツを傾けた。

すると工員の子が突然叫んだ。

「何すんだっぺぇ!!」

「へっ!?」

「持って帰って食べんだっぺよぉ! もったいないっぺぇ。!」

そう言って工員の子はザリガニが山ほど入ったバケツを持って帰って行った。 今日の晩ご飯は食べきれないほどのエビフライか…?

立ち去る工員の子の後ろ姿を見ながら、幼き釣師郎はここに釣りの原点を見た気がした。 

釣師郎は、釣りには遊びの釣りしかないとずうっと思っていたが、アマチュアであっても職漁のような真剣な釣りがあることを知った。 

遊びの釣りでも、いつも気合だぁぁぁ!!


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choshiro

Author:choshiro
釣師朗 (ちょうしろう)
マス類の70オーバー(管釣は除く)はないけれど、60オーバーは数本揚げている程度の自称”大物レイトロ師” 写真の獲物は琵琶湖のビワマス。しかしその実態は小物得意のヒメトロ師だ。
家計の足しに東京湾にも出漁するが、アジ・サバ・キスと典型的な東京湾サンデー小物師。銀山・中禅寺は苦手。芦ノ湖、琵琶湖は好き。ルアーの宗派は天然貝教清貧派の模範的な信者。ビックミノーやバブリーな釣り道具は使わない、いや買えない。
千葉県にあっても”東京”ディズニーランドのある浦安市在住。年齢は平均寿命の半分をとっくに過ぎたねて感じ。大病もしたし後何回釣り出来るかなて思う今日この頃てか。

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